長男が言った「僕、泣いちゃうよ。泣かせるのは悪いことじゃない?」

白目トモ子(筆者)
マスコミの片隅で息も絶え絶えの記者。週末キャンピングカー住まい。子供との野遊び、中学受験、家計簿、時短収納を記録。自身も中受経験の経験組。

夫婦隔離で向かったホテルには結局3泊しました。宿泊中に読もうと本を買い込んだものの、一冊も読破せず。3泊4日もの間、一体何をしていたのか。覚えているのは母とのメールのやり取りともう一つ、長男から来た電話でした。

電話が来たのはチェックアウトの前日の夜。夫が家を出る手はずを整え、夫婦が顔を合わせないですむよう、何時に夫が家を出て私が家に帰るかの話し合いをしていた時でした。

夫からの着信。出ると長男の声でした。家族でいるはずの時間帯なのに、背後は静か。電話を近づけで小声で話しているのかか、ささやき声で「お母さん?」と聞かれます。

「そうだよ。どうしたの?」

「今、話せる?」

「大丈夫だよ」

「うん。あのね…」

長男は、親がびっくりするくらい、はっきりと自分の気持ちを話せる子です。毎日のように「死にたい」と言っていた夏休みのある日、自分の心を図解して説明してくれた10歳。おそらく、多くのことを感じ考え、不安で潰されるような時間を過ごしているはずでした。

「あのさ、僕にも、どうしてほしいって言う権利あるよね?」

意を決したように話し始めます。まだ声変わりもしていない、だけど幼児の声とも違う芯の強さがある、まさしく少年の声。

「あのね。離婚はしないで欲しいの。これまでみたいに一緒に暮らしたいな」

夫婦隔離となってから丸二日が経っていました。お母さんが出て行った。お母さんとお父さんが電話している。お父さんが家を出ていくという。明日はお母さんが帰って来るらしい。その代わりにお父さんが出ていく。荷物をまとめて準備している。

10歳は、この2日間をいったいどんな思いで眺めていたのだろう。自分が入っていけない親同士の会話の中で何かが決まっていく。自分にとってもとても大切な、未来の形が決められていく。今までも、これからもずっと続いていくと思っていた家族の形が、変わろうとしている。

「お母さんも悪かったでしょ? もう、お父さんはずっと家には入れないの? 考え直してくれないかな?」

長男に問い詰められながら、私は何も言い返すことができませんでした。「うん」「そうだね」「うん」「うん」。長男と同じくらい小さな声で、iPhoneをお互いに握りしめて、多分これまで交わしてきたどんな会話よりも、大切な話をしているのだと、心に刻みながら耳を傾けます。

「僕、泣いちゃうよ?」

そう言いながらも電話口から聞こえる長男の声は泣いていませんでした。別居の件で、長男は一度も涙を見せていません。「泣く」と言ったのは後にも先にもこの時だけ。

「泣かせるのは悪いことじゃない?  お父さんが家を出るのはずっとなの? もう元には戻らないの?  僕にも決める権利が欲しいんだけど、どうしたらいいの? 」

長男が畳みかけるように言って、それから最後に、一番大事な一言。

「言っていい? 離婚しないで」

すーっと、深呼吸をします。一体、どんな言葉を、かけてあげればいいんだろう。「僕にも、決める権利が欲しい」。長男が言いたかったのはおそらくこの部分です。離婚しないでほしい。意見を聞いてほしい。僕も家族の一員として、家族の未来を決める一人になりたい。

でも、子供の意見を聞くには、私の側の心の余裕が失われすぎていました。「決める権利が欲しい」という訴えからは論点がずれていることを認識しながら、言葉を選んで伝えます。

まず一番大事なこと。それは、子どもは何一つ悪くないということです。

「分かった。電話くれてありがとう。一つ言うね。大好きだよ。あと太郎は悪くないよ。たくさん辛いこと考えさせてごめんね」

長男は言いたいことは全て言い切ったのか、胸がいっぱいで言葉が出てこないのか、以降は「うん」「分かった」と返すのみでした。

「お父さんもお母さんも、長男くんのことが大好きだよ。だけど、一緒にいると喧嘩しちゃうの」

なぜ夫と一緒にいたくないのか。それは、気が付けばあらぬ方向に会話が炎上していくからでした。確かに発端としては長男の発達障害に伴う生活の困難があった。でもその困難を抱えきれなかったのは、ひとえに夫婦の未熟さでした。

こんなお父さんとお母さんでごめん。子どもに本当に伝えたかったのは謝罪。でも、謝罪を伝えられて、子どもは救われるのだろうか。謝罪ですら、謝罪したというエクスキューズにしかならないのではないか。謝るくらいなら、なんとかしろよ。

「考え直してくれない? もう元には戻らないの?」との長男の問いかけに対して、思います。

私たち夫婦が2人で叩き壊してきたこの家族は、長男にとってそこしか帰る場所のない、唯一の場所なのです。大人のように逃げ出すことも、別れて作り直すこともできない、ただ一つの居場所。

私の決断が、子どもの人生を大きく変えることになる。かといって、「僕にも決める権利を」という要求には応えてあげられそうにもありませんでした。喧嘩も別居も大人の都合で、子どもたちはそれに振り回されるだけ。そんな身も蓋もないことを子供に言えるわけもなく、本質をずらしながら取り繕うように言葉をつなぎます。

「太郎は、お父さんとお母さんが喧嘩してるの見てると泣いちゃうでしょ?」

「そうだね」

「そういうのを、やめたいの」

「うん」

言いくるめるような丸め込むような、狡い言い方。「泣いちゃうでしょ」と言うなら、親が喧嘩を辞めれば良い話です。「僕が欲しいのは喧嘩をしないお父さんとお母さんなんだよ。少しは努力しろよ」。そう畳みかけられたら、多分何も言い返せなかった。でも長男はそれ以上は言葉をつなぎませんでした。

私は親に対して、こんなに立派に自分の意見を伝えたことがあったかな。精いっぱいを伝えきって沈黙する10歳。その隙間を利用するかのように、話しかけます

「別々に住むのがずっとそうなるのか、元に戻るのかは、分からないの。別々に住んでみて、考えたいの。 でも、太郎は何も悪くないんだよ。それは分かってね。 ごめんね。いろんなことを考えさせてしまってごめんね。電話ありがとう」

「うん、わかった。ありがとう。じゃあね、バイバイ」

電話が来たのも、電話が切れたのも、唐突。長男からの最初で最後の意見表明でした。この日以来、長男は我々夫婦の別居についてノーコメントを貫き、現在に至ります。

トモ子

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