12月23日
21:00
「最高の景色」は忘却の彼方に
長男のここまでのピークは11月上旬。あの時に見た景色は、まさに絶景だった。それまで樹海を彷徨うような中受道だっただけに、一気に視界が晴れ、前途洋々たる大海原が広がったかのような感覚だった。そんな明るい未来を約束してくれるかのようなテストの結果速報は、目の保養そのもので、何度も画面を見返してはニヤニヤ。キャプチャを私の母にも送りつけ、その喜びを分かち合ったっけ。
そんな日もあったなあ…と遠い目になるレベルには、あのレベルの成績にその後お目にかかっていないし、記憶の彼方に遠ざかりつつある。
サピックス偏差値65というラインを「最上位層」の一つの基準にするならば、2回はそのラインを超えたのだから、「まぐれ」ではないはず。けれど、その後はとんと再現できず。あれは一体何だったのか。幻だったのか、それとも「中の人」が入れ替わってしまったのか。そう疑いたくなるほどの現状だ。
「あの時と今さぁ……何がそんなに変わっちゃったんだろう。」
勉強する長男の横でブツブツ呟いていると、長男が記憶を辿るように言った。
「あの時はさ、今より圧倒的に勉強してなかったよね。」
思わぬ指摘に思わず聞き返す。「え、本当に?」
「本当だよ。あの時は『全く勉強しないでどれだけ取れるか、実力試し』とか言って、しばらく勉強しなかったじゃん。」
——そう言われれば、そんな会話した気がする。記憶の片隅から引っ張り出される「あの時」のやり取り。確かに言った。勉強に気乗りしない状況を無理やり肯定するために、苦し紛れに捻り出した言葉だった。
「そう言われれば、そうだったね。2回目のSOで成績が上がっちゃって、『3回目は絶対成績落ちる』ってプレッシャーになってたんじゃなかったっけ。」
私の確認に、長男が頷く。「そうだよ。だから、『次は成績を下げろ』ってお母さん言ったんじゃん。上を目指そうとするとおかしくなるから、次は55目指せって」
——成績を下げろ。確かに言ったわ。
もちろん、本当に成績が下がるよう願ったわけではない。ペースをセーブして、無理なく続けられるようにという意味で伝えたのだった。加速しすぎるとエンストしがちな長男だから。
「あとさ、あの頃は、クラスも下にしてたよね」
——ああ、そうだった。なんで忘れていたのだろう。あの頃は、マンスリーの点数通りのクラスよりも下のクラスに、あえて下げてもらっていた。サピックスの先生は決して「下」という言い方はしないので、それに倣うなら「より基礎的な」クラス。そのクラスであれば、さらなる降格のプレッシャーに晒されることもなく、気分よく塾に通ってくれるという算段だった。
「だから、あの時は、全然楽だったんだよ」と長男はあっけらかんと言う。
選択を誤ったのか? 止まらぬ後悔
「上を目指そうとするとおかしくなる」
なんて慧眼だろう。それをたった1ヶ月半前の私が言っていたのか。今の私と取り替えて、伴走者を変わってほしいくらいだ。確かに、クラスをαに戻し、志望校を上方修正した頃から、歯車が狂い始めた。明らかに、「上」を目指したことで生じた弊害が、今の状況に影を落としている。
何もかもが裏目に出たのだろうか? そう思わずにはいられない。攻めに出たつもりの選択が逆に首を絞める結果になったのか。ゴールが見えつつあるこのタイミングで、結果が出る前から、すでに敗北の反省会を始めているような気分だ。
否定する自分もいる。今目指している学校は、長男が憧れていた学校だ。その学校を目指せる成績を手に入れたからこそ、「目指してみようよ」と誘ったのだ。それのどこがいけなかったのだろう?
思いを巡らす私の横で、長男は一心に過去問を解いている。冬季講習の初日が過去問提出の締め切りとなっているため、最後のスパートをかけているのだ。以前であれば、朝に飲んでいるADHD治療薬「コンサータ」の効果が切れ始める夕方には集中力を完全に失っていた長男だったが、最近は夜も取り組めるようになってきていた。その姿に、確かに変化は感じる。
こんなに頑張っているのにな。頑張れば頑張るほど報われないのは、どれほど辛いだろう。スランプのまま本番に突入するのか。それとも、今は一時的に停滞しているだけで、大きく跳ね上がる前の静けさなのか。
と、あれこれ気を揉んでみる。けれど、この世界は残酷なまでに結果が全てだ。どれだけの努力を積み重ねたか、どれだけ親が心を砕いてきたか、そんな過程は評価の対象にならない。本番の結果だけが、全てを決める。その冷たさを今さら嘆いても仕方がない。「頑張ったからOK」なんて甘い話はここには存在しないのだ。
これまでだって、正解だったかどうかは後になって初めて分かった。「この選択が正しい」と確信した瞬間など一度もなかった。その時その時で最善と思える道を選んではきたけれど、振り返れば全てが半信半疑だった。それでも、祈ることしかできなかった。「この選択が正しい方向に向かっていますように」と。
これまでは、幸運にも祈りが届いてきた。そして、ドラマのような逆転をつなげてここまでやってきた。でも次は、どうだろう。これまでのようにうまくいく保証なんて、どこにもない。ドラマの最終話をあと数話先にして、その結末はまだ誰にも分からない。ただ、結末を迎えるその日まで、祈りながら伴走するしかない。
今はだいぶ落ち着いたけど、相当山あり谷ありの2年間だったよね。
何度も塾にも行けなくなったし、発達外来で薬ももらって、やっと調子が整ったよね。調子も成績も整ってきたのは、6年の秋だった。