60点の基礎トレに巣食う妖怪たち 本番まで2日

白目トモ子(筆者)
メディアの片隅で生き延びてきた物書き。小学生男児2人を育てる。目下の悩みは不登校で発達特性ありの長男の中学受験。
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1月30日

失点大魔王

基礎トレの満点に久しくお目にかかっていない。良くて90点。しかし、それすら稀だ。90点が2日続くと小躍りするほどで、基本的には80点、たまに60点も混ざる。

いったい何でそんなに失点しているのか。長男に尋ねると、「これは、割り切れない数を聞かれてるのに割り切れる数を答えてた」だの、「これはこっちの面積求めちゃった」だの、毎回同じような弁解を聞かされる。

受験2日前。ついに私は悟った。この「聞かれていないことに全力で答え続ける」癖、もう、治らない。いつかは治ると思っていた。その「いつか」はついぞ訪れなかった。

妖怪の巣窟

彼の基礎トレには、問題文を消し去る勢いで妖怪が生息している。おまけにこの妖怪、過去のページだけでなく、まだ解いていないページにまで進出する。駆逐を試みたこともあるが、長男にとってはまるでソウルメイト。私がどれだけ苦言を呈しても気がつけば一匹、二匹と産み出し続け、長男はなぜか妖怪の隙間で問題を解く。そして、ミスをする。

信じられないかもしれないが、これが受験間近の受験生の現実だ。私ももう理解した。基礎トレが妖怪の巣窟なのではなく、長男の頭の中が妖怪の巣窟であり、妖怪まみれの視界はもはや彼の仕様。そして、そんな妖怪乱造装置の製造責任者は他でもない私だ。その厳然たる事実をようやく受け入れ、解脱に一歩近づこうとする私の葛藤をよそに、彼はさらに自己分析を披露してくれた。

「開成の算数を解いてる時は、こういうミス、あんまりしないんだよね。」

簡単な問題ほど難しい

現在、恐れ多くも第一志望に据えている開成中学の算数。確かに、ここでの失点はケアレスミスというより、本当に解けなかった問題によるものだ。逆に、解けた問題では驚くほど精度の高い答案を出してくることもある。

「どうして?」と聞くと、彼はしれっとした顔で答えた。

「だって、開成の算数って、間違えてると数字がどんどんキモくなっていくから。」

太郎

凸凹中受、ついに終わった!

白目太郎の中受のこれまで

小4でS入塾。S偏55からスタート。同年、発達特性と高IQが判明。ADHD薬の服薬で落ち着きのなさはおさまり、クラスはαに上昇。

小5秋に大失速、サピックス退塾。転塾、再度の退塾を経て小6の夏前からサピックスに復帰。復帰時のS偏差値は54。11月にS偏68を突破し、志望校を開成中学に変更、合格した。

なるほど。妙に大きい数や、明らかに割り切れない値、どこから出てきたのか分からない小数点以下の長い数字——そんな異様な数が答案用紙に並び始めたら、「これ、おかしくない?」と気づけるというわけか。

そういえば、開成のプリントには妖怪は一匹も生息していない。おそらく、問題文の情報量が多すぎて、彼の脳内リソースが全て処理に回されてしまい、妖怪を育む余力がないのだろう。開成の算数ができるようになるのと比例するように基礎トレに妖怪が増殖するのは、彼らが生息地を求めて大移動しているからか。

志望校を変えた直後は「開成の算数は好かん」と言っていたくせに、随分な変わりようだ。適応能力が高いように見えるが、成長というより環境に合わせて生態を変えただけなので、進化なのか退化なのか分からない。ただ一つ言えるのは、「妖怪が生息できない環境がある」「しかし彼らは死なず、新たなハビタブルゾーンを求めて大移動をはじめる」ということだ。

油断した瞬間、アイツらが

「だからさ、簡単な問題ほど、僕には難しいんだよ。」

そう言いながら、全く反省の色がない。ミスをするのは自分のそそっかしさのせいではなく、そこに開いている落とし穴が悪いのだとでも言いたげだ。

「気をつけろ」で治るものならとっくに治っている。これ以上何をすればいいんだ、という長男の言い分も分からなくはない。さらに悪いことに、開成の算数に取り組み始めたことで、瞬発力型問題が必要以上に簡単に見えてしまうようになった。短い問題文だからこそ、国語の選択問題並みに丁寧に読まなければ罠にハマるのに、省エネモードで解こうとする。その油断こそが、妖怪の栄養源なのに。

私には長男の脳内が手に取るように見える。「なんだ、余裕」と思った瞬間、とっ散らかった脳内に短距離走のレーンが開ける。問題を読み切らずに駆け出す長男。待ってましたとばかりに妖怪が蠢き、思い込みと勘違いの落とし穴に見事な誘導をキメる。落とし穴に落ちたことすら気づかず、長男は振り返りもせず次の問題へ。「聞かれているのはそれじゃない!」という私の叫びだけが、むなしく響く。

長男は悪びれることなくさらに続ける。

「2日と3日の学校は大丈夫だと思うけど、4日の学校とかやばいよね。ああいうのが苦手。」

やめてくれ。基礎トレの点数は、なんだかんだでマンスリーのバロメーターになってきた。「大丈夫」も「難しければ気がつく」も、もはや自滅を誘う妖怪の囁きにしか聞こえない。このままでは最難関校は幻、抑え校は罠になる。ため息をつく私を、妖怪が「よく気づいたな」と言わんばかりの顔で見返している。

太郎

今はだいぶ落ち着いたけど、相当山あり谷ありの3年間だったよね。

トモ子

何度も塾にも行けなくなったし、発達外来で薬ももらって、やっと調子が整ったよね。調子も成績も整ってきたのは、6年の秋だった。

 
 
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