12月13日
8:00
長男が学校に行った静かな家で、私は妙にイラついていた。放課後は学校から直接、個別指導に行くという。願ってもない展開だ。夕方までは完全に自由で在宅勤務天国。事務的な仕事が山積みで、降ってわいた時間は願ったり叶ったりのはずだ。
それなのに、モヤモヤとした感情が拭えない。何に苛ついているのか、自分でも分からなかった。
長男が学校に行ったからこそ目につく、家の「荒れ」。散らかった台所、教材が散乱したダイニングテーブル。その下のパンくずは掃除せずにそのままになっていて、学校から持ち帰ったプリントもあちこちに散らばっている。夫は「今日は急に出張が入った」と、朝の7時に家を出て行った。
不登校の長男と過ごす日々。在宅勤務もオンラインツールも駆使して出社や外出を減らし、一緒にいる時間を捻出していた。気がつけば、私が在宅勤務で家にいることを前提に、家事の分担の構図が崩れていた。家族のリズムを合わせるために家にいたつもりが、いつの間にか「いるからやれるよね」という暗黙の了解が出来上がっている。
1週間休むと宣言したはずの夫は、結局仕事を休まなかった。昨日は「商談」と称して新宿に出かけた。台所の片付けをしていたはずだったのに、なし崩し的に仕事を始め、家を出る直前までパソコンにしがみつき、結局ほとんど片付けないまま「商談」へ。その片付けをしたのも、私だった。
おそらく、夫には家事の「分担」が崩れているという自覚すらないのだろう。夫が「必要がない」とみなす部分が、私にはやたらと目につく。だから、嫌だったんだ。子供と一緒の在宅勤務なんて。コロナ禍の時にすでに辟易としていたはずなのに、長男のためにまだ続けている自分がいる。
いや……でも、そうなのか? 家事の負担の崩れが原因だとすれば、それは10年来付き合ってきた「持病」のようなものだ。悪化すれば痛むけれど、今回のような程度なら黙殺できる範囲だ。
「家事の問題じゃないな」。自問を重ねて、ようやく気づいた。
結局、子供の生活の変化に合わせて大きく仕事のスタイルを変えるのが、私だけだだということに苛ついているのだ。朝家を出る時間。どこで仕事をするか。何一つとっても、自由ではない。
確かに私の仕事はフレキシブルで、長男の生活に合わせた調整が可能だった。しかしそれは、自分でコントロールしてきたというより、「振り回されてきた」に近い。ずっと、立て直したかった。しかし、全く余裕がなかった。私自身の仕事も順調に回っているとは言い難かった。それでも、全て一人で抱えた。
長男が学校に行った今は、立て直すチャンスのはずだった。しかし、感じるのは活力より脱力。まるで、辿り着く前にすっかり力を使い果たし、念願の目的地が目の前にあるのに前に進めないような気持ちだ。この脱力感を乗り越え、黙って立て直して、来るべき冬休みと冬季講習に備えなくてはいけないのか。これから2月までのラストスパートを、一人で?
一人でやるしかないのだった。出願の日程すら把握しておらず、説明会の日程をカレンダーに入力しても、行くのを忘れるような夫だから。——結局、私は今もそこに怒っているのうか。長男が学校に行くという大きな変化を前にしても、夫を「共に戦略を立てる同士」として頼ることはできない。本当に、心底、嫌になる。
今はだいぶ落ち着いたけど、相当山あり谷ありの2年間だったよね。
何度も塾にも行けなくなったし、発達外来で薬ももらって、やっと調子が整ったよね。調子も成績も整ってきたのは、6年の秋だった。
Coming soon
Coming soon
Coming soon