小4の壁が大変でした。世間では発達障害の9歳の壁とか10歳の壁とか言うらしいです。そもそも学童がなくなり、塾通いが始まるといった生活の変化に加え、子どもの精神面での変化も大きいこの時期。我が家は見事に壁にぶつかり撃沈しました。何がそんなに大変だったのか? 振り返ります
我が家でそびえ立った小4の壁
〇〇の壁っていくらでもあるので、小4の壁についても聞いたことはあったけど大して気にしていませんでした。長男は小3から学童にも行っていなかったので、小4で学童がなくなることも大した問題だとは思っていませんでした。だから、ほぼ丸腰。よくあんなに無防備でいられたなって思いますね。無防備どころか、小4になって仕事増やしましたから、私。
「太郎の精神科通院」だの、「母も倒れた」だのでずっと連載を書いてきているので、いつも読んでくださっている方は良く知っていらっしゃるかと思いますが、「壁」という観点から振り返ってみようと思います。あくまで我が家の体験ですが、小4の壁は小1の壁よりもはるかに高い、という一つの事例として。
小1の壁はどんなだった?
小1の壁は、以下の要素に分解できると思うんですね。
- 宿題や家庭学習が増える
- 学校の準備を子供にやらせるのが大変
- 早くなる学童お迎えの時間
- 学校のプリントの山との戦い
- PTAや担任との関係
- 長期休暇のお弁当対策
要するにこういうことですよね。
- 子供にやらせなければいけないことが増える(宿題、家庭学習、学校の準備)
- 親がやらなければいけないことも増える(プリント管理、持ち物のチェック・管理、宿題チェック、PTA、長期休暇や振り替え休日対応)
大変は大変です。でも夏休み過ぎたころにふと軽くなる感じがしました。少なくとも親のスキルは夏休み明けたころに追いついてきて、プリント管理のしかたが定まり、持ち物チェックもこなれてくる。(PTAは我が家はやっていないので分かりません、すみません)
子ども本人のスキルは1~2年かけてゆっくり伸びるので、夏休みがあけてもまだ大変ですし、体力がない子は学童から帰ってきたら疲れて寝ちゃって宿題できないとか、ありますけど。親の方が寛容(適当)になって、多少宿題できなくても給食袋忘れても体育着洗ってなくても「死にはしない」くらいのメンタルになってますよね。うちだけか?
あと何より、小1って子供がまだ素直じゃないですか。親に体力があれば、おんぶして本人に指示を出させながら教科書の準備してあげたり、膝の上に乗せて音読やらせたり、親子の触れ合いの範疇でできることが多い。その意味でも親のコントロールの範囲内にあるのですよ。
それが。小4の壁は、親のコントロール可能な範疇を軽く超えてくる感じがしました。
ここが大変だよ小4の壁
我が家において小4の壁が大変だったのは、そもそも変化が大きい小4(9~10歳)という時期に、いくつかの不幸が重なったことによるものだと言えそうです。
そもそも10歳はどのような年齢なのか?というのは以下のような書物もありますが、我が家の例で言うと…
- 親より友達を優先するようになった
- 親に対して反抗的になった
- 勝ち負けにこだわるようになった
- 敗北感から癇癪を起こすようになった
- 「友達に嫌なことを言われた」と荒れることが増えた
- 対人関係で湧き上がる嫌な感情に対処できず、脱走や行方不明などの問題行動を起こすようになった
小学校低学年と比べて、とにかく情緒不安定。そして反抗的。そして原因が親子間にはないところだから、解決もしてあげられない。抱っこしてあげれば機嫌がよくなった低学年とは全然違う難しさが出現しました。
これ、親中心の世界から、友達と交わりながら築く世界の方が大きくなるにつれ、友達との比較が生じて自尊心が低下するということらしいですね。友達から言われた一言をいつまでもクヨクヨ気にするのも、親からの自立の現れ。変なことを言われても「そんなことないよ!」と言い返すだけの経験を持っていないので、一つ一つ真に受けて落ち込んだり。
発達凸凹さんも、定型さんも、もれなく通るこの道。発達凸凹さんはその凸凹なりに、しんどい道になるという程度で理解しています。凸凹があるなりに何とかバランスをとっていたのが、急に平衡感覚を失うような。
小4の壁をさらに難しくさせる中学受験塾
上記のようなそもそもの大変さに加えて、我が家では以下のような大変さも加わりました。
- サピックスに通い始めた
- 塾に通っている友達との間に緊張関係が生まれるようになった
- サピックス通いのため、習い事をいくつか辞めた
- 小児科で処方された向精神薬(エビリファイ)の服用を始めた
- 私の仕事が忙しくなったが、在宅勤務だったため、子どもにはその忙しさが伝わらなかった→親子関係が悪化
最も大きな変化はサピックスに通い始めたところだったと思います。課題が増える、スケジュールが変わるという部分に加えて、最近大きな要素として感じているのは3番目の「塾の友達との間に緊張関係が生まれるようになった」という部分。
ここ、難しいですね。子どもにとって、難しい学校を目指して友達と切磋琢磨して頑張っている、というのはある意味誇らしいことですが、常に友達の成績や塾内での立ち位置を意識しているので、低学年の頃にはなかった緊張関係が生まれるのですよね。
長男の場合はサピックスの友人と「切磋琢磨しあえる友人であり続ける」という部分に価値を感じています。志望校を選ぶにしても、「自分がその学校に行きたいかどうか」より、「友達とその学校を目指せるかどうか」が大きな要素として入ってくる。
もちろん、とても大事なことだとは思うんです。でも、友達の手前「俺も受験するぜ」と言いながら、「だから頑張る」というところにまで腹落ちしてきていない。塾が、勉強をする場ではなくて、プライドを保つ場になってしまう。だから成績が悪かったりすると、「次は頑張ろう」と前を向けずに「もう行きたくない」と逃げる方向に走ってしまう。
成績が落ちて塾の友達に対して自分を誇れなくなると、自分に対する自信がすべて失われてしまう。かといって本当に塾を「辞める」ほどの決断は大変に重く、のらりくらりと過ごし、親とバトルする。そしてそんなバトルもじわじわと心を蝕む。
中学受験塾が、彼が過ごすいくつかの世界のうちの一つであれば良いのですが、塾通いに備えていくつかの習い事を辞めてしまっていたことが、状況を悪くします。集中できる環境を整えるはずが、逃げ場をなくしてしまうんですよね。
前の項で書いたそもそもの「10歳の壁」に加えて、「中学受験の壁」(→勉強自体の壁に加え、サピックスに伴う友達関係及び、親との関係の壁)が一気に加わって、問題が絡まりに絡まったような気がしています。この部分がやはり大変大きくて、エビリファイを飲んでいたとか、私の仕事が忙しかったという部分は、状況を悪化させた要因ではあるけれど、根本的な原因ではなかったなと最近は感じています。
共働きの試練、いくつかの教訓
10歳の壁、共働きにとっては試練の時です。もういい歳なので会社でも容赦なく仕事が振られてきたり、小3までは何とか時短でやりくりしていたけれどもフルタイムにならざるを得なかったり。会社は10歳の壁など想定していない中、家庭においては割と激しめの抵抗に直面するので。人によっては更年期も迎えますね。
私は「10歳あるある」だと気が付かずに取っ組み合った挙句沈没しましたけど、これから10歳の壁に直面するかもしれないママさんパパさん達にはぜひお伝えしたいです。特に、ちょっとした発達上の問題は抱えてそうなお子さんを育てている方。
10歳の壁においては子どもがかつてないほど反抗的なため、親はかなり心がすり減るので用心はしておいた方がいいし、仕事を増やすのは徐々にした方が良いですよーって。もし4年から塾通いを始めるのであれば、ゆとりがありすぎるくらいの体制で突入したほうが良いです。
例えば料理を作ってくれる家事代行とか。仕事を増やすのは少なくとも夏休み明けまでは待ってもらうとか。親の手だけで何とかなると言えばなるけど、余裕が失われるとあっという間に詰んでいくので。
あと一番大事な事。この時期の肝は、親から離れた世界を築きつつある中で時に自信喪失して傷ついている(中学受験しようとしてるとその傷がさらに深かったりする)というところにあるので、どんなに反抗的でも、しっかり抱きしめてあげること。これに尽きます。
怒涛の8カ月間を経ての教訓。この記事が書ける程度には、客観視できるようになったということかな?
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