子育てがしんどい時 「愛おしい」をどう思い出すか

白目トモ子(筆者)
マスコミの片隅で息も絶え絶えの記者。週末キャンピングカー住まい。子供との野遊び、中学受験、家計簿、時短収納を記録。自身も中受経験の経験組。

代休が取れたので小4長男・太郎とお出かけ。出かけ先は大好きなジオラマの聖地・small worldsです。大興奮の太郎は入る前からギュッと手をつないでしゃべりっぱなし。もう10歳なのであと1年後には手はつないでいないかも。最後かもしれない手をつないでのお出かけの記録です。

行ったのはこんなところ。sumall worldsという施設で、ジオラマで作られたミニチュアの街が展示されてます。ジオラマ大好きな太郎にとってはまさに聖地。次にいつ行けるかと指折り数えて楽しみにしている場所です。

少ししんどい期間が続いたので、大好きなことをしようと。私と太郎2人で、出かけてきました。

入館前、興奮してギュッと手を握ってくる太郎。もう10歳。あと何年、ではなくあと「何カ月」か先にはもうないかもしれない景色です。

太郎についてはブログでも何度も書いています。発達障害なのか、ほかの疾患なのか、癇癪がひどくて親子ともにとても困っていること。学校に行けなかったり、家族でのお出かけにも行けなかったりすること。妄想のような症状が出ることもあり心配なこと。

太郎の癇癪が増えると、家の中にはネガティブな空気が充満します。「なんなんだよ、なんなんだよ」と絶叫する声。親は顔を見合わせてため息をついて。

私の側に時間的なゆとりがないこともあり、ネガティブな気持ちが先に立って対応してしまうことも多々ありました。「また癇癪起こしてる」「また泣いてる」「どうして、いつも」「いつも、こう」と。

ここ最近はは意識的に「大好きだよ」「あなたが大切だよ」「大丈夫だよ」「心配しないで」等の言葉を多用するように努めてきました。

「大好きだよ」と言ったところで、彼の根本的な不具合が解決するわけではありません。「大好きだよって言ったら良くなるのかよ」と涙目で怒鳴り返されることも。

でも構わず言い続けていると、癇癪は起こすけど「死にたい」がなくなったり。声がかれるまで絶叫を続けるのではなく、何とか切り替えようと身もだえするような姿が見られたり。これまであったような自暴自棄感が、少しなくなったようにも見えています。

そして改めて今日、家事も勉強も仕事もなく、兄弟もいない場所に2人で出かけて、「ああ可愛いな」と、すごく久しぶりに思いました。

「愛おしい」が思い出せなくなったら、家からは離れて2人になるのがいいですね。そして子供の好きなことに付き合うことに専念する。そうすると、本当に嬉しそうな姿を見せてくれます。

親の役割はやはり怒ることでも勉強をさせることでもなく、この幸せそうな姿のためにあるべきだよなと再確認するし、親として導いていかなければいけない局面もあるけれど、原点はこの笑顔なんだよなと。このタイミングで行けて良かったなと、思っています。

トモ子

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