共学における元気な女子は男子の脅威なのか問題

白目トモ子(筆者)
マスコミの片隅で息も絶え絶えの記者。週末キャンピングカー住まい。子供との野遊び、中学受験、家計簿、時短収納を記録。自身も中受経験の経験組。

今日の昼に投稿したツイートについて、改めて記事にしましたので投稿します。「共学における元気な女子は男子の脅威なのか問題」。この記事はもう人生の後半が見えてきたアラフォーの元女子による、女子とはこういうものだとか何だとか言うつもりは毛頭ない、ただの経験談からの駄文ですので、やいのやいの言うのも、ご勘弁願えればと思います。

このページの内容

Twitterのスペースをお聞きしておりました

長男太郎の中学受験の情報を集めています。と言っても、私病んでますし、夏以降のあーだこーだで情報戦に完全に乗り遅れているので、現地現物を見たことはまだございません。ちなみに夏以降のあーだこーだについて、詳しくは以下のバナーから。

そんな私の有難い情報ツールがTwitterでして、最近はTwitter村の方で様々な方と繋がらせて頂いて、「スペース」などというオンライン井戸端会議をベッドの中で有難く拝聴する、という、省エネかつ自堕落な情報収集活動を鋭意行っております。

昨日はとても楽しみにしていたスペースがありました。「文化祭/説明会に参加した中学の印象を共有しあうスペース」。普段の諜報活動の中で、Twitterで流れてくるものは当然拝見しておりますけれど、校名を伏せているツイートも多いので、これはチャンスと。しっかり実名で聞くチャンスと。開始前からやる気満々でベッドにスタンバイして、つまらなかったら寝落ちる準備も万端、しかし非常に刺激的な内容でしっかりほぼ最後まで聞きました。

「元気な女子」についての一連のやり取り

肝心の学校の感想については「やっぱ行かなきゃ相性は分からない」という至極まっとうな結論に至ったので、特段ここで書くことはないのですが、ちょっと思うところがあったのが、タイトルにも掲げました「元気な女子」についての一連のやり取りでした。

1人の男児パパさんがある共学校について「女子が元気」と言ったのが発端でした。「男子に元気ないのが気になった」と。そうすると別のパパさんが「それは男児パパあるあるだ」と指摘して、共学の女子と男子の話題がひとしきり盛り上がったのです。

その学校というのが渋谷教育学園渋谷という難関校で、女子の方が入学時偏差値が高く生徒数も多いので「女子が元気」という雰囲気も分からなくはないのです。

女子は2月1日のサピックス偏差値が桜蔭と並ぶ、御三家レベルの子が行く共学最高峰。かたや男子は2月1日の偏差値では御三家のちょい下。それでも海城や慶応普通部と並ぶ難関校ではありますが、入学した女子の中には「女子の方が上」とね、そんな雰囲気もあるのかもしれない。まあ、行ったこともない婆の妄想ですけど、さもありなんでしょ。

だから心配する親心も分からなくはない。入学直後の平均偏差値は男子が下、かつ数の上でも少数派、おまけに学校見学行ってみたら女子ばかり元気で男子に覇気がない……となると、自分の息子がここでやっていけるのか? と。

女子が元気で何が悪い

いや、でも、見方かえればこんな素晴らしい環境ないとも思うんですよね。

一般的に言われることで言うと、別学の方が世間のジェンダーバイアスから距離を置くことができる分、変な「女らしさ」に縛られることなく学生生活を謳歌する。一方の共学は女子は女子らしく、男子は男子らしくという振る舞いを早々と習得する……と。

それを思うと、共学において女子がしっかり元気で、男子の控えに回っていないって素晴らしいじゃないですか。ジェンダー教育、超成功してんじゃん。男子は選手で会長、女子はマネージャーで副会長、みたいな共学は息子を入れたくないですが、女子が元気いっぱいの共学、私は最高だと思います。息子にとっても。

ちなみに「それは男児パパあるあるだ」と指摘していたパパさんは「世の中は男女半々なので、共学は自然な選択」と言っていたので、見る人によって異なる感想を持つものだとは思います。

それこそジェンダーバイアス

あくまで一般論ですが、たまに見聞きする「女子が元気(すぎる)」って語り。新入社員でも女子が元気だとか、男子に覇気がないとか。恋愛における肉食系女子だとかなんだとか。こういう「女子が元気(すぎる)」って感覚、ジェンダーバイアスそのものだと思うんですよね。

私は女子校育ちで、中高時代は典型的な「元気な女子」でした。暑けりゃがばっと足開いてスカートの中バサバサと扇ぐし部活でも中心的な役割。ジェンダーバイアスにまみれた言葉を使うなら「男まさり」。中高の同級生には下の名前で呼ばれることはついぞなく、常に苗字呼び捨て。

そんな私、大学に入ってびっくりです。同じ大学の学生なのに女子学生は入れないサークルがあったり飲み会でコールかけるのが男子ばっかりだったり。女性が大きな声を出せない何かがあって、私は急速に「元気」を失いました。そこから今に至るまで、中高時代ほど自由に発言できたことは一度もありません。ただの一度も。

男性(特に男児パパ)が大学以降に接してきた女性のイメージで「女子」を語るのってすごく危ういと思うんですよね。大学以降の女性はすでに社会のジェンダー規範を大きく内面化して、「わきまえた」振る舞いをしている。もともと持っていたはずのリーダーシップ、発言力、そういったものを社会に「受け入れられる」形にするために、ものすごい神経を使っているので。

特定の性別の「元気」を失わせる社会

そんな女性観をもって共学に行って、「女子が元気だなー」って思うんだとしたら、その前提として持っている「女子」イメージそのものを疑った方がいい。その女子たちは素のままで元気なだけで、社会の変な規範にまださらされていないだけなのかもしれない。私がそうだったように。

そして、もしも「この元気な女子に囲まれたらうちの息子はのびのび育たない」と思うんだとしたら、世の中の女性はそれとは逆の圧力に人生の大半晒されているんだって、その「元気な女子」たちも社会に出たらこんなに「元気」でいられないのかもしれないって、同じ想像力で気が付いてほしいなとも思います。そんな風に特定の性別の「元気」を失わせる社会が、どれだけ社会の活力をそいでいるのか、という危機感とともに。

いやいや、女性活躍の話してねーし、学校見学の話だし、もはや言いがかりに近いくらい話飛んでるって分かりますよ。だからこの発言のご本人にどうこう言いたい気持ちは全くなく、連想ゲームみたいなもんですけど。スペース聞きながらふとそんなことを思っちゃった婆の独り言ということで、どうか勘弁してください。

トモ子

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