休みの日は一緒に走ろう
朝はヒロシが眠いし、お酒を飲むと私が眠くなるし、案外夫婦で話す時間って少ない。そこで最近編み出した技が、走りながら話すこと。
走りながら話すのが良いのは、そもそも会話が盛り上がらなくても良いこと。会社でこんなことがあってさ、こんな人がいてさ、それでこんななんだよ。
へえ
一言返して黙々と走る。
ヒロシの仕事の四方山話
ヒロシは中小の工場装置の製作所で営業をしている。
工場装置と言っても様々で、生産ラインの横で関節を自由自在に動かして部品を取り付けるロボットもあるし、薬品を保管するタンクだったり、空気の塵を取り除く装置だったり、比較的ローテクな装置もたくさんある。
ヒロシが売っているのはローテク系で、電機メーカーから製油施設まで、広い業種で使われている。なので、特定の業種のピラミッドの中にガッツリ組み込まれているわけではなく、比較的自立した商売をしている。
下請けイジメのパワハラ野郎
工場建設の総元締めであるエンジニアリング会社は世界各地で事業を展開しているようなところも多く、工場装置の製作所に対して、自分たちが仕事を回してやってるという奢りに満ちた人もいるらしい。
「お宅こんなのも作れないの」
「そんなこと言われちゃったの初めてだよ」
アウトですな、こんな発言。でも、誇り高き製作所の中にはちゃんと言い返す担当者もいるそうで。(ヒロシではない)
そんなもの作れるか、という中小企業の反撃
「はい、作れません」
「汎用品ってご存知ですか。お知りになっていた方が良いですよ」
良く言った!!エンジ会社はコスト削減のために汎用品での発注を増やしている。特注にすれば要求に見合うものが作れるが、汎用品は汎用品なりの性能しか出せませんよ、知っとけコノヤロウという中小企業からの反撃。
その後もパワハラ購買担当者から鬼電が来たそうだが、その値段ではそのスペック以上のものは作れませんと応対していたら、パワハラ担当者は飛ばされたそうで。
俺たちは下町ロケットだという自負
特に今は半導体関連中心に生産設備の増強が相次いでいて、工場装置の製作所は大忙し。タイトなスケジュールで半年先の納期に突っ込むのがやっと、というような状況。理不尽で面倒くさくて儲けにも大してならないような話、付き合ってられません、ということよね。
ヒロシが仲良くしている他の製作所の人は「俺たちは下町ロケットだ」と良く言うんだとか。めっちゃかっこよくないですか。
1990年代みたいに日本企業が世界を席巻するという時代ではないし、スタートアップが育たないだとか、AI人材が少ないだとか、日本の課題は数多くある。「下町ロケット」というのは従来型製造業のノスタルジーみたいな側面もあるのだろうな、とも思う。
だけど、AI立国って政府が言ったとして、それまで工場で働いていた人たちが急に職を失うなんてことではやはり困るし、10年後は仕事がないかもしれないと怯えて戦意喪失するというのも寂しい。
日本経済の手触りのようなもの
私自身はメディアという情報を売っている会社にいて、情報としては日本や世界の状況を常に追いかけているけど、そこには生身の手触りのようなものがない。
ヒロシの話を聞いていると、そこで働く人の誇りも含めて、目の前に日本が立ち上がってくるような気がする。ボソ、ボソ、と走りながら話すその言葉の中に。